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どうしよう。 それ以外の思考が中断している。いや、中断させられているのだ。
エドワードは座り込んでいた。 雨を吸って濡れ、重たくなっているジャケットの肩口を強く握り締めた。
A
WEEK 16 ――さまよった足跡も すぐに消され 前も後ろも左右さえ わからなくなる 銀色夏生 『葉っぱ』より引用
司令部を出る時には降り出しそうな空模様で。 足も腕も痛みが出始めていた。けれども、走れば三十分くらいで戻って来られるから、守衛さんに本を預けて飛び出した。 図書館では伝言を伝える人はすぐに見つかって、無事用はたせた。
早く帰ろうと思ったのだ。 細かい雨が降り出していたし、ベッドの上に置いてきた本を読みたかったし、部屋どころか司令部を抜け出したことがバレたくなかったし。
道のりの三分の一ほどで、走るのは止めた方がいいと思った。 それほど痛いとは思わなかったけれど、走りたくないくらいの鈍痛。 足を引きずりながら半分くらいまで頑張って、そこで初めてまずいんじゃないかと気付いた。 痛みが酷かった。 雨の雫がジャケットに当たるたびに疼痛(とうつう)が強くなる。 薬が欲しかった。けれども、手元にないのは承知だ。
どうしよう。
真っ先に考えたのは、誰かに司令部まで連絡してもらうこと。 それをすぐに否定する。 どう説明すればいい。相手にしてもらえないかもしれない。 第一、黙って抜け出したのは自分だ。これは自分の責任だ。 それに、大佐と中尉以外は理由を知らない。知られたくない。
そうこうしているうちに、雨が強くなってくる。 傘を差して歩く人もほとんどいなくて、ますます焦る。 ふと目に止まったのが、人ひとりがやっと通れるくらいの細い路地。張り出している屋根が、雨を防いでいる。 そこに転がり込むと、左足の痛みに耐え兼ねて、崩れるように座り込んだ。
機械鎧との接続部にまとわりつく痛み。 しばらく身動き一つ取れないで、痛みの波が治まるのを待つ。 動こうと身じろぐと、また痛みがぶり返す。 どうしよう、とそればかりだ。 随分時間が経ってしまったかもしれない。部屋にいないのが見つかったかもしれない。怒られるかもしれない。 怒られるのが怖いんじゃなくて、怒られるようなことをしてしまった自分が嫌だ。
頼ってはいけないのに。 そんな資格、ないのに。 子供でいてはいけないのに。
こんなことは今までなかった。 痛いといっても足を引きずるくらいだったし、こんなに長時間痛みが続くこともなかった。いつもはじっとしていれば、ある程度の痛みがあるだけだった。 動けないほどの痛みなど。
どうしようという考えさえ、痛みで霞む。 壁に寄りかかって曲げた足を引き寄せた。悲鳴を飲み込んで右の肩口を押さえ込む。
どうすればいい? 暗闇が迫ってくる。雨が降っているせいで、いつもよりも早い。 比例するかのように、雨足が強くなってくる。 屋根を伝って落ちてきた水滴が弾ける。服も髪もすっかり濡れていて、惨めな自分にぴったりだと自嘲する。 頬に貼り付いた髪から、雫が落ちた。
痛くて仕方がなかった。 でも、何かを考えていないとパニックに陥りそうだった。 この痛みは、『あの時』によく似ているから。 頭がガンガンするような、熱くて、体力を奪い取っていく痛み。血の匂いが鼻を掠めそうな、薄暗い空間。
「ア、ル……」 どうしようもなく泣きたかったけれど、どうして泣きたいのか、何に泣きたいのか分からなかった。
「エドワード!」 片道二十分の道のり。角を曲がったり、大通りを横切ったりとややこしくはあるが、複雑というでもない。 車では見落としてしまう恐れがあるので、ロイはコートだけでどしゃ降りの中、声を張り上げた。
「大佐ぁ。だめです」 「こっちもいませんでした」 ファルマンとフュリーが戻ってくる。 「ハボックは?」 「図書館方面から捜してみる、と」
「ったく、どこに行ったんだ。あいつは」 舌打ちして、鬱陶しく空を仰ぐ。
「こんな雨の中で……」
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