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痛すぎて、 傷の熱さも、雨の冷たさも分からない。
A
WEEK 17 ――最後まで秘密にしておいた あなたがあわててくれたら 驚いてうろたえたりしたら きっといいのにと思ったの 銀色夏生 『あの空は夏の中』より引用
「たいしょーう」 雨の中叫んでみても、人通りはまばらで、子供など見当たらない。 急にいなくなれば心配するのは当然だが、職務を放り出してまでの捜索とは、少しやりすぎのような気がしないでもない。 あの子供のことだ。どこかで雨宿りでもしているだろう。 これだけ本降りになれば、走って帰って来たところで、抜け出したことは一発でバレてしまうし。 走れば十分の道のりだ。 すぐ見つかるだろう。
ハボックは安易に結論を出し、また呼んだ。
……声が、する。 固く閉じていた目をうっすらと開ける。 痛みは酷いままだ。 考えがまとまらない。
フィルターがかかったようで、ノイズ交じりの判然としない声は、確かに知っている人だ。 ――ハボック少尉。 大佐じゃ、ない。
どうしよう。
随分捜し回って、一つ一つ脇道を覗き込んで。 コート一枚なものだから、全身びしょ濡れで。もちろんタバコも吸えなくて。 まさかそんな所にいないだろう、と確かめた場所に子供はいた。 雨を避けるように細い路地にうずくまった姿を見つけた時、家出をして帰るに帰れなくなった弟を思い出した。
「たーいしょう。見っけ」 ハボックが茶化して言えば、不自然なほど緩慢な動作で首をもたげる。 「……大将?」 雨に濡れたせいか、温度が感じられないほど蒼白な顔色。 「帰ろ。みんな心配してっから」 手を伸ばして、びくりとする。
「……さわ、ん…ない…で」 エドワードが顔を歪めて、それだけを言う。ハボックを力のこもらない瞳で睨んだ。 直感的に、まずったかと思う。 「どっか、怪我……」 「……ちが、う…から」 怪我じゃないから、と右肩を押さえて言う。 「馬鹿っ、やべえだろ!」 無理に手を伸ばせば、エドワードが後ずさる。 「さわん、ないで」 何かに必死なエドワード。 一場面がフラッシュバックする。 今日の午後。踏み外した階段。掴まえた腕。強張った表情。 『……その、触られんの好きじゃなくて……』 「触られんのが嫌だとか言ってる場合じゃねえだろ!」
「っエドワード!?」 ああ、とエドワードは息をついた。 触られても、背負われても大丈夫だ。 この人なら。
ちょうど半分ほどまで捜し終えた時、ハボックの怒鳴り声が聞こえて、ロイはそちらに駆け込んだ。
路地というよりは隙間といえる空間に、エドワードがうずくまっていた。 子供が通り抜けるには充分かもしれないが、大人が入り込める場所ではない。ハボックが腕を差し入れていたのはそのためだろう。
ハボックの言い訳を無視する。 どうせ昨日のように痛みが出たのだろう。ここから司令部までは徒歩で約十分とはいえ、雨の中足を引きずって戻るにはいささか距離がありすぎる。
「エドワード」 言い含めるように、しかし緩く言う。 エドワードは座り込んだ姿勢のままうつむいていて、表情がよく見えない。 「黙って抜け出されては」 ずり、と身体を無理矢理動かすようにして、エドワードが這い出してくる。 「しんぱ……」 引き寄せようとした手は、空を掻いた。
「…………」 「…………」 一瞬あっけに取られて、トスンと増した重みで我に返る。 ぎゅう、とコートを引っ張られて、気付く。 「……エド、ワード?」 「大将?」 ロイがこてんと押し付けられた体重を支える。 濡れそぼったコートを握る手が小刻みに震えていた。 「……、い……」 顔を埋めたエドワードが、掠れた声で呟く。
「……いた、い……」
ロイは初めてうろたえた。 今までこの子供が自分に対して隙や弱さを見せたことがあっただろうか。何かを訴えたことがあっただろうか。 一週間や二週間の付き合いしかないとはいえ、エドワードはどこか不自然なまでに完璧だった。 それなのに、真っ青な顔で震えている。ただ事ではない。
「大将っ!? ……っ」 まるでハボックから逃げるように、身じろぐ。 「大佐。こんな調子でさっきから触られんの嫌がるんスよ。大佐は平気みたいですから、早く司令部にっ」 すがりつく子供を見下ろす。 私『は』平気? ……そうか。
合点して、一旦引き剥がす。 濡れているとはいえ、ないよりはましだ。 ロイは素早くコートを脱ぐと、倒れ込みそうになっているエドワードを包む。 呻き声が上がったが、我慢してもらう。 『右』でも『左』でも、どちらかに接触してしまう。
「エドワード、どちらが酷い?」 ハボックが怪訝そうな顔をしたが、この際構ってられない。 一瞬固まったエドワードが、観念したように息を吐き出す。 「……う、で……」 それを聞いて、ロイはエドワードの身体の左側を自分と密着させて抱き上げた。
「ハボック少尉、ファルマン准尉とフュリー曹長に戻るよう伝えてくれ。私は急いで司令部の医務室に連れて行く」 「、分かりました」
駆け出すと、振動にエドワードが唸った。
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