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歯を食いしばって、痛みに耐える。 どうしてこんなに痛いのか分からない。 走る振動の一歩一歩が、まるで神経に障るようで悲鳴をあげそうになる。 痛い。痛い。痛い。
顔に雨が当たらなくなるまでの時間は、まさしく地獄のようだった。
A
WEEK 18 ――君が ひっこみがつかなくなるようなことは しないようにしよう 銀色夏生 『君はおりこう みんな知らないけど』より引用
ロイはずぶ濡れのまま司令部へ駆け、医務室へ向かう。 抱き抱えられているものを見て、守衛やすれ違う者達は酷く驚いたが、ロイは一切構わなかった。
素人目に見ても、これだけ痛がるのはおかしいと思う。一刻も早く然(しか)るべき人に看てもらうべきだ。 ロイはエドワードを抱えたまま、乱暴にドアノブをひねった。
「ドクター!」 「大佐っ」 ロイの姿に、リザが息を呑む。 エドワードを着ていたコートで包んでいるために、ロイ自身は軍服のまま、髪から滴を滴らせている。鮮やかな青は水を吸ってすっかり色を濃くしていた。
びしょ濡れのまま、エドワードをベッドの一つに横たわらせる。ぐったりとしていて、自力で動くことすらままならない。 医務室内には誰もいなかったが、何の騒ぎかと廊下から様子を窺う者も出始めていた。 ロイはリザに目配せすると、老年の軍医ごとベッドを隠すようにカーテンを引く。リザが有無を言わせずドアを閉めた。
「話は聞いておるよ。機械鎧装備者だったな」 リザが知り得ることをある程度説明していたのだろう。軍医は落ち着いた態度でエドワードの上着を脱がしていく。 「っ……」 エドワードは悲鳴を飲み込んだ。 「エドワードっ!?」 顔をゆがめるエドワードに、ロイが慌てた。 「うるさいよ。機械鎧に痛みは付き物なんだ。痛み止めさえ飲めば平気だよ。邪魔するなら出とくれ」 軍医の睨みにロイがたじろいだ。そうしている間も軍医はてきぱきと職務をこなしている。 節くれ立った指で脈を測り、水滴が滴る身体をタオルで拭く。
「痛み止めは?」 「……持って、なくっ、痛っ!」 機械鎧との接続部に手が触れるとエドワードが涙目で訴えた。あまりの様子に軍医が手を引っ込める。 「随分痛がるな。坊主、いつも使っている痛み止めの名前が分かるか?」 軍医が耳を寄せる。エドワードが呟いたが、ロイの耳には届かなかった。
軍医が戸棚から錠剤の入った瓶を取り出し、コップに水を汲んでくる。 「マスタング大佐。起こしてもらえるかな」 ロイが一歩踏み出した時、軍医が何事かが引っかかったようで、首を傾げた。ロイを軍医が一旦手で止めた。 「いつもこんなに痛みが出るのかい?」 エドワードが緩く首を振った。 「……こんなに、痛いのも…続く、のも…ない」 軍医の表情が急に険しくなる。 「坊主、これを付けて何年になる?」 「……いち、年」 一瞬空気が止まった。 「大佐、本当ですか?」 ロイが頷く。
確かに、一年前は腕も足も空白のままだった。車椅子に座り、生活をしていたはずだ。 司令部を訪れた時に両足で立っていたので尋ねると、あの後機械鎧を付けたのだと言っていた。一年で間違いはない。
「まさかこんな日に走ったり、暴れたりなんて過度の運動をしたんじゃないでしょうな」 問いはロイに向けられる。怒気を含んだ鋭い視線に、一歩後ずさってしまう。年の功には敵わない。 「……その、おそらく司令部から図書館まではし……」 「馬鹿者!!」 軍医が二人に向かって怒鳴り、別の戸棚から瓶と注射器を持ってくる。
「……こんなもんだろう」 軍医が何やら怪しげな口調で準備をすると、肌の二ヶ所に針を刺した。 エドワードはちくりとした痛みはあったが、別の痛みでそれほど痛いとは感じなかった。 しばらくすると、痛みが消えていく。けれども、なくなったのは痛覚だけではない。広がっているのは不思議な感覚。 口を開こうとした瞬間、騒がしく部屋に入ってくる音が聞こえた。
「失礼しますっ!!」 「大佐は? 中尉は?」 「あのっ、エドワード君は!?」 「そんな格好で入ってもらわれては困ります!」 リザの声はない。ハボック達を留めたのはもう一人の若い軍医だ。 ロイはエドワードを窺った。エドワードは怯えを滲ませて首を横に振る。珍しいことだ。というか初めて見た。 この後自分がどう動くのが一番いいのか、瞬時に判断する。
「ドクター。よろしくお願いします」 ロイは一言告げて、さっとカーテンで覆われた空間から抜け出した。
「大佐っ!」 「大将は!?」 途端に寄せられる視線に、ロイは内心で舌打ちする。 「問題ない。いつまでもこんな格好でいるわけにもいかないだろう。シャワー室に行くぞ」 「でも……」 「文句があるのか?」 「っいいえ!!」
廊下に出たところで、リザと鉢合わせする。 「ああ、すまんな。借りる」 医務室から出て行ったのは、タオルを取りに行っていたらしい。 ロイはリザが抱えていた人数分のタオルを受け取り、後ろで訝しがっている四人にも投げつけるようにして渡す。 「問題ないそうだ。我々はこの格好を何とかしてくる」 「分かりました」
そうして、リザはロイ達と入れ違いに医務室へ入った。
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