A WEEK  19
 ――自分の弱さをまざまざと みせつけられた夜だった
                           銀色夏生 『Balance』より引用





 ロイが四人と出て行ったのを確かめて、エドワードはまだ白い顔で尋ねた。
 「……あの、? 何か変な感じ」
 「ああ、痛みは?」
 「なくなった、けど」

 老医師が処置に使った物を片付け始める。
 「調子がおかしくなったら走ったりするなって言われなかったかい? 機械鎧はリハビリに少なくとも三年はかかるといわれとるんだ。二ヶ所も機械鎧にして一年でまともに動かせるのに驚いたよ」
 軍医が息をついて、エドワードを見る。先程とはうって変わって、好々爺になっている。本来はこうなのだろう。

 「ああなったらいつもの鎮痛剤じゃ効かないだろうから、応急的に……まあ局所麻酔のようなものにした。麻酔というのは痛覚、温覚、触覚、それから運動神経の遮断という順序だからな」
 エドワードは納得した。よく考えると、確かにこれは感覚がないということだ。もちろん触られれば分かる程度なので、ぎりぎり痛覚までが遮断されている状態なのだろう。


 軍医がエドワードの上体を起こさせた。
 「今のうちにこれを飲んでおきなさい。抗炎症剤だ。これなら効くと思うんだが、いかんせん鎮痛効果が現れるのに時間がかかるものでな」
 言うなり錠剤を含ませられ、水の入ったコップを渡される。
 飲み下すと、ベッドの有様に軍医が唸った。
 びょ濡れのままだったので、ベッドもすっかり濡れてしまっている。
 「このままじゃ今度は風邪をひく。隣りのベッドに移ってもらいたいんだが……ホークアイ中尉ならいいかな?」
 「いいっ。自分で……」
 「感覚のない手足を動かすのは危険だ」
 さすがに老人と呼べる年齢の人間が抱きかかえるのは無理だ。鉄の塊は重過ぎる。
 「大丈夫だから!」
 頑ななエドワードに、老医師が折れた。
 「じゃあ椅子を持ってくるから、それを伝って移ってくれ。ああ、今着替えも持ってくるから」
 エドワードがやっと頷いた。



 下着からシャツから全て軍支給の物だ。サイズが合わないのは仕方がない。
 エドワードは手伝おうかという老医の言葉も断った。
 ベッドに移ったことを知らせると、カーテン越しにリザが躊躇いがちに問う。
 「エドワード君。大丈夫?」
 「……平気。入っても、いいよ」
 腕も足も、今は布団に隠れて見えない。
 「とても心配したのよ」
 「……ごめんなさい」

 濡れてしまったベッドのシーツを軍医が外し始めた。エドワードが首を傾ける。
 「……すみませんでした」
 「構やしないよ。今日はここに泊まっていきなさい。寮にいると聞いたけれども、人目に触れるのは嫌なんだろう?」
 老医師の言葉にびくりとする。
 「あの様子じゃ、機械鎧だということも話していないようだな」
 リザが視線を外す。それは肯定を示している。

 「言わなきゃだめなの?」
 息を吐き出すように呟かれた言葉は、やるせなさを含んでいる。
 「『オレは片腕片足が機械鎧なんだ。だから気圧の変化はつらいし、直射日光は熱くてきついし、金属の塊は重いんだ』って言わなきゃいけないの?」
 目を伏せて唇を少し突き出して言うエドワードは、リザの前ではすっかり子供だった。
 「エドワード君……」
 「四日も一緒にいれば分かるよ。みんないい人だけど、オレ、かわいそうって思われたくないし、同情されたくないんだよ。そんな資格ないんだ」


 優しく労わられるようなことがあってはならない。
 自分のしたことを見ろ。子供の探究心、欲心では済まされない罪だ。
 それに、下手に人と関わるのは危険だ。あの人が自分に何と言い放ったか、一瞬たりとも忘れたことはない。あの人は試験を受けた当日、脅迫した。
 弟を引き合いに出されれば、何も言い返せなかった。
 自分にできることといえば、この一週間、極力人との関わりを絶つこと。この一週間さえ乗り切れば、後は資格をもらって国中を旅する。誰かと深く係わる機会は少なくなる。



 「でもね、」
 「片腕片足が機械鎧。それを隠し続けるのは無理だと思うぞ」
 リザの言葉を繋いで、老医師が難しい顔をして言う。
 「後から露呈するよりは、今打ち明けていたほうがいい。夏になれば薄着になるし、仮にもここにいるのは軍人なのだから、勘のいい奴は足音の差異に気付いているかもしれないよ」

 エドワードが唇を噛む。
 確かにそうなのだ。司令部に居つかなくても定期報告はあるだろうし、査定もある。全く顔を合わせないわけにはいかない。それは暑い日の可能性もあるし、気温の上がる日にわざわざ厚着をするなんて馬鹿な真似もできない。
 黙りこんだエドワードに、老医師がカーテンの隙間から出て行く。

 「アルフォンス君のことなら、大佐がよくしてくれると思うわ。だから、機械鎧のことだけでも、エドワード君の口から説明してあげてくれないかしら」
 みんな心配しているわ。
 リザにそう言われると、エドワードもしぶしぶ頷いた。
 アルのことは大佐がなんたら、は聞かなかったことにした。脅迫の場にはリザはいなかったので、知らないのだ。きっと。


 「……東部の内乱でってことでいい?」
 理由は誤魔化す他ない。これが精一杯譲歩したものだ。
 内乱を口にしたのは不謹慎かと思ったが、リザは何も言わなかった。リゼンブールにも戦火の火の粉が飛んできたことを知っているのだろう。
 「ええ。今夜はゆっくり休んで。明日、執務室で待ってるわ」
 まだ濡れている髪をひと撫でして、リザは立ち上がる。
 カーテンの内側から出て、老医師に挨拶をして、部屋を出て行った。
 エドワードはその音を聞きながら、天井を見つめた。

 感覚のない手足は触覚があるとはいえどこか空虚で、機械鎧をつけていなかった一年前を思い出させた。





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