イーストシティの駅を降り立つと、打ち合わせ通りに軍用車が止まっていた。
 ロイが首を傾げたのは、運転席から姿を現したのが笑みをたたえた副官だったからだ。予定ではハボックだったはず、といぶかしげに眉を寄せた。





 A WEEK  22
 ――例えば僕が好きだといったのが 彼女の耳には嫌いだと聞こえていたとしたら。                      銀色夏生 『葉っぱ』より引用





 一瞬、まさか何か手一杯になるようなことが事件が起こったのかと思ったが、リザが直々に申し出るはずはないし、第一リザが司令部を離れて得策だとは到底考えられない。
 その表情は珍しいほどの笑顔で、ロイは狐につままれたような気がした。



 「お疲れ様でした。大佐」
 後部座席にロイが乗り込み、リザが車を走らせた。
 「ああ。申し分ない結果だ」
 上機嫌で話すロイは、リザのハンドルを握る手に力がこめられたことに気付かない。
 「では……」
 「合格だ」

 それでは、とリザが息を吸う。
 「『私達』、今夜はエドワード君の合格祝いに食堂の一角を貸し切らせていただきますから。もうそのように各所に連絡していますし、料理長は特に歓迎してくださいました。ああ、ですが残念ですね。この分だと今頃マスタング大佐にはセントラルから激励の電報が届いているでしょうから早急に返事をしてしまわなくては。それに昨日の不在の分、大佐のサインが必要な書類がおびただしいほどに上がっています。イーストシティとセントラルとの往復にさぞお疲れかと思いますが、息つく暇もありませんね」
 壮絶な笑みのまま、リザが一息に言う間にロイの顔色は青くなっていった。

 「……わ、私に何の恨みが、」
 「あら、大佐がそれを口になさるのですか」
 ハンドルを握っているので彼女の愛銃を突きつけられるはずはないのだが、まるで眉間に銃口を当てられているような感覚に、ロイは必死で考えを巡らすが心当たりはない。
 けれども、彼女は確実に怒っている。笑っているが、怒っている。これは怖い。



 「何があったのかお分かりになりますか?」
 「……何かあったのか?」
 恐る恐る聞き返したロイに、リザはじっと前を見て目元を険しくした。

 「一週間前、あの子の滞在が決まった時もそうでしたね。予定も把握せずに無責任に喜ばせるようなことを言って、結果あの子は頬と手首を怪我する羽目になりました。……あなたはもう少しご自分の発言の絶対性を認識なさるべきです。魔窟に跋扈(ばっこ)する大人相手には戯言にしかならないかもしれませんが、あの子は私達が思うよりもずっとあなたの言葉に重きを置いています」
 「…………」
 ロイは苦々しく口を閉ざした。リザが『あの子』というのは決まっている。

 「今後絶対にあの子の大切な人を盾に脅すようなことはなさいませんよう」

 反論しかけた言葉を遮り、リザが言う。
 仮にも上官の言を遮るなど、今まで彼女はしたことがない。
 「あなたは『そういうつもり』で秘密保持に努めよという意味でおっしゃったのかもしれませんが、あの子は本気でアルフォンス君を研究所送りにされると思っていたのですよ! 私達があなたから概要を聞いていると知った時、あの子は恐怖に震えていました。たった一人の家族を失うかもしれないと泣いたのですよ」
 バックミラーに映り込む鋭い視線にロイは黙るしかなかった。
 「あなたは信じられないでしょう。そうですとも。あの子が精一杯壁を作り上げていたのですから。なぜあの子が私達に対してあそこまで堅苦しい態度をとっていたか分かりますか? あの子は関わりを避けることで機械鎧だということも何もかもを隠し通そうとしていたのですよ。あなたの言葉通りに。今頃は中庭でハボック少尉達とじゃれているはずです」
 たった一日で私達は随分と仲良くなったのですよ。


 最後は勝ち誇ったように告げたリザに、ロイは後ろに体重を預けて息を吐き出した。
 「……そこまで私をいじめて楽しいかね」
 「ご冗談を。これはいじめではなく正当な報復です」
 ぴしゃりと言い返され、ロイは敗北を認めた。

 元々ロイはエドワードのことを気に入っているのだ。なかなか懐いてくれないのを寂しく思っていたのに、それが自分の軽口のせいだったと知ればショックも受ける。
 あれは本当に冗談のつもりだったのだ。不特定多数の人間に知られることは絶対にあってはならないが、少なくとも信頼の置ける一部の部下には理解しておいてもらわなければならない。そうしなければ『子供』を守ることは出来ない。
 それがエドワードはどういうことか、本当に誰一人として知られてはならないと思ったらしい。話の筋からいけばそう取るのはおかしいことではないので、ロイはやはり選ぶ言葉を間違えたのだと反省した。





 「謝った方がいいのだろうか」
 「謝ってすむ問題ではありませんが、一連の発端は全て大佐の発言にありますから素直に謝罪すべきと思います」
 執務室へ向かいながら、ロイはげんなりとしながらも頷いた。

 「それから、」
 「まだあるのかね」
 「ご自分の考えははっきりと口にしなければあの子には伝わりませんよ」
 婉曲させて伝えれば婉曲したまま受け取ってしまうくらい素直な子ですから。
 休憩時間のため、無人の執務室に踏み込んだロイはしかめ面のまま椅子に腰を下ろした。
 「子供は難儀だ」
 「あなたほどではありません」

 リザはエドワードを呼びに、静かに退出した。





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