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「……、」 エドワードは中庭に姿を現したリザに気付くと複雑な表情をした。 ロイを迎えに行ったリザがここに来たということは、ロイもセントラルから帰ってきたのだ。合否の結果を携えて。
「大佐が執務室へ来るように、と」 リザの表情は柔らかくはあるが、エドワードに対しては常のことなので、試験の結果は読み取れない。 司令部に帰ってくるまでに訊いていると思っていたエドワードは、肩透かしを食らった気がした。 まあ、それはそれでも構わないのだけれど。 「分かった」 エドワードは声音硬く答えた。 組み手めいたことに付き合ってくれていたハボックと、それを見物していたブレダ、ファルマン、フュリーに小さく「行ってくる」と呟いて、駆け出した。
エドワードはリザが試験の合否を知らないと思ったが、実際はそんなことはない。だからその小さな姿が見えなくなると、窺うように視線を寄越してくる四人に対して告げたのだった。 「全ては予定通りよ」
まさか合否結果も分からないうちに祝賀パーティーの予約やら準備をしていたとはエドワードも思わなかっただろう。 加えて言えばちょうどその時、司令部内の食堂の厨房では初めてケーキが作られていた。
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WEEK 23 ――満点の笑みがありました 幾星霜の夢の中 銀色夏生 『これもすべて同じ一日』より引用
両開きの扉を片方押し開けた。 あまりに静まり返っていたので、気味が悪かった。 警戒心丸出しで部屋に踏み込めば、目的の人はちゃんとそれなりに重厚な造りの椅子に座っていた。 元々この人に対しては気を緩められないのだ。それは直感的なものだし、本能と言ってもよかった。何だかちぐはぐなのだ。上手く噛み合わない。
「掛けたまえ」 エドワードは無言で従い、用意された一人掛けのソファに腰を下ろした。 ロイはデスクの上に置いていた小箱と諸々の書類の入った封筒を手に取った。 「おめでとう。これが国家錬金術師の証、銀時計だ。それから拝命証、特記事項その他の必要書類……どうかしたか?」 ぽかんと呆けたような表情をしているエドワードに、ロイが問う。 「……受かった、んだ」 「君は電話でアルフォンスに落ちるわけがないと言っていたじゃないか」 今度はロイが呆れて息をつく。 リザの言った通り、いつもの仏頂面は素ではないのだ。緩んだ表情はますますエドワードを幼く見させ、ロイは少しばかり驚いていた。 「だって、」 「君は合格し、国家錬金術師になった。この資格が君に与えるものは大きいが、その逆もまた然りだ。君は鎖に繋がれているような性分じゃないからな、行く先々大変だろうな」 ロイは肩をすくめて苦笑した。
「じゃ、中尉達に報告して……」 「もう一つ」 用は済んだとばかりに立ち上がりかけたエドワードを制止する。
「わ、私は確かに誰にも知られてはならないと……その、弟を人質に取るような言い方をしたが、あれは言葉のアヤであってだな。私だって何も本気で『誰一人』として知られるなと言ったわけではないのだ」 直視を避けながらも、エドワードの反応が気になる。 「少なくとも君ら兄弟と親しくなるだろう人間に限れば知っていてもらわなければ何かと不都合だしと思ってだな。……事前に了承を得ればよかったのだろうが、どうも魔が差したというか考えが足りなかったというか」 エドワードは押し黙ったまま、怪訝に眉を寄せている。 「中尉にも言われたのだが、普段古狸を相手にしているせいか物言いが婉曲に婉曲が重なるようで。それでだな、…………すまなかった」
「……古狸?」 「俗に言うお偉いさん方だよ。重箱の隅をつつくように何かと小言を言うし、ああ、君が最年少で合格したことで電報までくれる。激励する文面で嫌味やら妬みやら。果ては趣向を変えたのかとか」 「趣向?」 「……失言だ。忘れてくれ。くれぐれも中尉の耳には入れるなよ」
げんなりした様子で大げさなほどのため息をつくロイの耳に、くすりと微かな笑い声が届く。声の主は間違いなくエドワードだ。信じられなかった。 「あんたってそういう人だったんだ。ハボック少尉が駅に迎えに行くって言ってたのに、急に中尉が行くって言い出したからどうしたんだろうとは思ってたんだけど。中尉に頭上がんないんだ」 「私だけじゃない」 堂々と言い切ったわりに、発言内容は弱い。 「中尉達は黙っててくれるって約束してくれた。あの人達は信用していい人だと思った。でも、」 エドワードはわざと言い直した。
「でも、正直あんたは分からない。助けてくれたことも、推してくれたことも、全部黙っててくれていることも感謝してる。信頼に値する人だということは分かる。でも、ここまでしてくれる理由が分からない」
ロイをじっと見つめてくる幼い瞳は確かに困惑を浮かべていた。 エドワードにしてみれば、この大人は不可解すぎた。軍の禁忌、錬金術師の禁忌である人体錬成を行ったことは明白なのに、捕らえるどころか国家資格を取れという。確かにそうすることで得られるものは大きい。元の身体を取り戻すためには情報が必要だ。 けれども、それがバレない保証はどこにもないのだ。禁忌を犯した錬金術師を推挙、果ては後見人ともなれば知らなかったでは済まされない。なぜそこまで危険を冒すのか。賭けというにはあまりに勝機が微々である。 「それは、優秀な術師を推薦すれば私の株も上がるというもので、つまり上を目指すには絶好の……」 「それはブレダ少尉とかに聞いた。オレが傘下に入るのはハイリスクだけどハイリターンなんだって。……そうじゃない。そうじゃないだろ? オレがしたことはリスクとかリターンとか、そういうものじゃ割り切れないはずだ。あんたがただの軍人だったらオレはそれで納得できたかもしれない。でも、あんたは錬金術師だ」
それも並ではない。国家資格を持つ、内乱時の功績で英雄と謳(うた)われるほどの実力の持ち主。 禁忌の意味を髄まで理解していながら、それでもなお、蔑みもしない。叱責したのだって出会った瞬間の一度だけだ。たった一度。 エドワードにはそれが奇妙にしか映っていなかった。次に何を言い出すのか分からないという恐怖に近いものもあった。助力してくれたのは本心から感謝しているが、与えられるだけではないはずだ。錬金術師には等価交換という原則が付きまとう。
「あんたは錬金術師なんだから、禁忌を犯した術師に対してなじって、蔑視して当然なんだ。普通関わりなんて持ちたいと思わない。でもあんたはオレと関わって、与えてくれた。じゃあ……オレは何を差し出せばいい? あんたがオレに望んでいるものが分からない」 途方に暮れたようにうな垂れたエドワードに、ロイは嘆息した。 この子供は確かに錬金術師だ。いや、錬金術師以外ではありえない。まるで少年である前に錬金術師であるかのようだ。
「等価交換か。確かに私は君に何かを与えたことになるのだろう。しかし私は君から何かを奪おうとして与えたわけではない」 「でもっ……」 「等価交換は二人の間だけで成り立つものではない。与え、奪う連鎖は世界のサイクルだ。分かるね」 エドワードは小さく頷く。 だったら、とロイはおもむろに立ち上がった。そして窓の外を眺める。必然的にロイはエドワードに背を向けることになる。 「君が私から何かを与えられたと言うのなら、いつか君も誰かに与えればいい。情けは人の為ならずということだよ。奪われたものを同じように奪っては破滅するが、与えられたものをまた誰かに与えることは美徳だろう」 「……分からないよ」 エドワードの呟きに、ロイは振り返った。 「手を差し出したくなる人間が現れれば分かるよ。それが自己投影にしろ、自己満足にしろ」 苦笑するロイはくつくつと笑った。けれども、エドワードに合わせられているはずの視線は彼に向けられたものではなかった。
「さ、中尉達に報告してくるのだろう。銀時計を見せてやればいい。国家錬金術師は少佐相当の位が与えられるからな、ハボック達に自慢してやれ」 にたりと笑うロイに、エドワードはとりあえず銀時計だけを持って部屋を出て行った。
「おっ、最年少国家錬金術師殿のお出ましだ」 ブレダがからかうように言った。途端に駆けて来たエドワードの顔が曇る。 「何で知ってんの。せっかくびっくりさせようと思ったのに」 「ごめんなさい、嬉しかったからつい」 リザに言われれば後は何も言えない。エドワードはリザのポーカーフェイスに驚いた。
見せてくれよーと催促され、エドワードは銀時計をポケットから出した。 「おおー本物だ」 細かい細工の施されたそれがきらりと反射して輝く。 「おめでとう」 祝福の言葉を浴びせられ、エドワードは顔が赤くなるのを自覚した。
「そうだ、夕食は食堂な。大将の合格祝いやるから」 「さっき様子見に行ったら料理長から新人まで燃えてたぞ」 「そうそう、「腕によりをかけて」って。ほら、この間食べ損ねたからってメインはシチューにするらしいですよ。あ、エドワード君って嫌いなものあったかな?」
エドワードはいったん口を開けて、そして閉じる。何て言っていいのか分からなかったのだ。ここの人間達は上から厨房まで、誰も彼も軍人のイメージからは程遠い。それは彼らが軍の人間である前に一人の人間だからだ。 エドワードは気付く。 自分はまだ彼らを本当にただ『知っている』にすぎない。いや、知っているとも言えないかもしれない。そしてそれは彼らも同じだ。 出会ってまだほんの少しの時間しか経っていない。彼らのそれぞれが何を好むのか、どんな生き方をしてきたのかも知らない。それはこれから少しずつ知っていけばいい。 その時に、自分も少しずつ打ち明けていけばいい。ほんの少しずつ、自分のことを伝えていけばいい。
「いや……オレ、シチュー大好きだからさ、楽しみにしてる」
エドワードは満面の笑みでそう答えた。 その場にいた軍人達も、一様に笑みを浮かべた。
END. ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。 |