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彼女の愛銃の銃口は、真っ直ぐこちらを向いていた。 自分が何かをしでかしたのかと思ったけれど、今この状況はとてもふざけていられるものではなかったし、彼女の瞳が迷いと困惑に揺れていたのを見て、彼女は仕方なく自分を狙っているのだと承知した。
おかしいほどに冷静でいられた。
戸惑いも怒りも何も感じなかった。誰かに刃を向けようとも思わなかったし、かといってこのまま銃弾を受けるような気もなかった。 大佐は彼女の数歩後ろで、感情の読み取れない顔をしていた。呆れているのかもしれない。そんな風に、どこか他人事のように思った。 そんな自分と対照的に、何も知らない弟は彼女を非難して手を合わせる。
「アル、中尉はオレを殺そうとしてるわけじゃない。今は大佐を守っているんだ」
訳が分からないよと震える声が、何より痛かった。 知らせなかったのは自分のせいだ。弟には知らせたくなかった。支えてくれる人達には知られたくなかった。 何となく、ヒューズ准将の死を知らせなかった大人たちの気分が分かったような気がした。
始まりの子供
「これでお分かりでしょう。あなた方二人は最早こちらに属するしかないのです。純粋なホムンクルスではないが、到底人間とは言えない。本当に難儀な存在ですね」 小さな子供がくすくすと笑う姿は可愛らしかったが、その身にまとう気配は異様だった。 銃口はまだ自分に向けられている。彼女が迷いなく引き金を引けば、すぐにこの頭が吹っ飛ぶ。オレにはホムンクルスのような再生能力はないから、おそらく死ねるだろう。
「弟を一人残して死ぬわけにはいかないでしょう。あなたとアルフォンスは別個の人格、存在だけれど、双子よりも強い鎖で縛られている。離れるわけにはいかない。そうでしょう?」 そう言ってすっと歩み寄ってくると、小さな手が差し出される。 覚えているアルフォンスはこのくらいの年齢で止まっている。手を差し出すのはいつもオレの方だったけれど、握り返してくれるのは必ず弟だった。こんな手だった。
「…………」 この手を取ったら楽になれるだろうか。 アルフォンスは多分自分と道を違えることはないし、オレを受け入れてくれる場所はきっともうない。 「……オレに価値はある? 出来損ないのクローンの、そのガキだぜ。お前達みたいな再生能力も、特殊な能力もない。そんなのが欲しいのか?」
彼はにこりと笑う。国立図書館で見た、あの笑顔だった。 「私達だって不死身ではないよ。あなたには錬金術という力がある。それだけの理由じゃない。お父様と違って、ホーエンハイムは家族を知った。あなた方がこちらに組すれば彼も諦めるでしょう」 あなたには価値がある。 あなたが欲しい。
いろんなことがありすぎて、知りすぎて、隠しすぎて、正直ぐらついていた。もうどうにでもなってしまえと思った。 信じていたものが、自分の立っていた場所が崩れていくような嫌な状態だった。それは人体錬成を犯した時とよく似てはいたけれど、今度は希望も逃げ場もなかった。 差し出された手は握らず、弟を振り返る。自然に笑えた。
「アル、行こう。オレ達の場所はこっちじゃないんだ」 鎧の手を取って、優しく引く。けれども、アルフォンスは動かなかった。 「……兄さん、どういうことなの。何でそんなに落ち着いていられるの。ねぇ中尉、お願いだから銃を下ろして。大佐、どうして兄さんを怒ってくれないの」 泣けるのなら、とっくに泣いているような声だった。 大佐は相変わらず動かなかった。目を見るのが怖くて、血塗れた軍服だけを覚えておこうと思った。 ホークアイ中尉は銃を下ろさない。腕が疲れやしないかと思う。そんなことはオレが気遣うべきではないのだろうけれど。
「いずれ説明するから。プライド、手を汚すのはオレだけだ。弟は何もしない。それでいいだろう」 彼が満足そうに頷く。 「それくらいは譲歩します。アルフォンスには早々に肉体を取り戻してもらわなくては。始まりの子供という貴重な人材をいつまでも危険にさらしておくわけにはいきませんから。そうそう、」 つい、と視線を大佐に向ける。オレは俯いた。 「彼らを始末しろとは言いません。弟を盾に取ることもしません。生い立ちのせいか、あなたは人の死や喪失に対して弱いですから。壊れてしまわれては困ります」
オレはもう一度弟の手を引く。目いっぱい力を込めたためか、ガシャンと片足が動いた。一歩目さえ出れば、後は惰性。抵抗は感じられるけれど、足は動いていく。 「兄さんっ、全部知ってたの? 父さんから聞いたの? どうしてボクに黙ってたの!?」 ぎゅうと握り締めたけれど、弟は気付かない。その感覚は伝わらないから。
「……アル。ダメなんだよ。少なくともオレらは大佐達のそばにいちゃいけない。中尉の言う通り、もう人造人間のカテゴリーに半分足を突っ込んでるような状態なんだ。こっちにはいられない」 「っだからって何であいつらと手を組まなきゃいけないんだよ! 父さんはウロボロスの奴らと敵対していたじゃないか。だったら何でボクらが……」 「じゃあ親父と協力して、大佐達を危険にさらすか? 親父一人助けて、みんなを殺すのか? ……お前が肉体に戻れるチャンスをみすみす逃すのか?」 「そんなこと言ってない!」 勢いに任せて振り返る。もう何もかも放り出したかった。
「じゃあどうすればいい! プライドが言ったように、オレは失うのが怖くて仕方ないんだ。お前は絶対に失いたくない。大佐や中尉も殺したくない。できれば親父にも生きてて欲しい。オレはどうなってもいいから……」 「そんなの卑怯だ。……ボクは止めるよ。止めなくちゃいけないことはちゃんと止める。『今度』は間違えない。ボクの役目は兄さんを止めることだから。兄さん、行っちゃだめだ。何て言われようが、ボクらはこっちにいるべきだ。人の世界に」
オレはこっちにいられないから別の場所へ行こうと言う。オレを快く受け入れてくれる彼らの元へ。 弟はこちらにいるべきだと言う。オレ達はまだ人の世界に属しているべきだと。 アルフォンスは人体錬成を行った後、自分が止めるべきだったと言ったことがある。止めなかったのは自分の思慮が浅かったからだと、間違ってしまったのだと。『今度は』と言ったのは決して軽い言葉ではない。
「中尉、ボク達が怖いですか」 「ええ」 彼女は銃を下ろさずに言う。けれどその瞳は敵に対する射抜くようなものではなく、どうすればいいのか分からず、仕方なく銃口を向けているような感じだった。 「大佐、ボク達を最初に引っ張り上げたのはあなたですよ」 「……責任を取れというのか」 「はい。だから切り捨てるのは構いません。ただ、」 アルフォンスはしっかりとした声音で言う。
「捨てるのならちゃんといらないんだと言ってください。必要なくなったんだと、邪魔になったんだと。……兄さんのためにも」 顔が上げられなかった。この場で唯一オレよりも目線の低い彼は、面白そうに黙っていた。エンヴィーだったらきっと茶番だと笑っていただろう。 「…………」 大佐は捨てられない人だけど、守るためには手段を選ばないだろう。 きっとこの場が最後。顔を合わせることもないだろうし、刃を交えることもない。 これも失うということなんだろうか。心が苦しくてたまらない。
いらないと言われたい。 でも、いらないと言われたくない。 どこを目指せばいいのか分からないオレに、もう一度道を指して欲しかった。 「鋼の」 いつもの呼び名。それに続くのは決別だろう。 聞きたくはなかったけれど、大佐の顔を見れるのはこれが最後だろうから、頑張って振り返り、顔を上げた。
口が開く。 言葉が耳に届く。 黒曜石のような瞳がある。
オレは泣かないために、目を閉じた。
END.
ネタバレと言いつつも、プライド以外はほぼ何も関わってません。 なぜこんなのになったのかと言えば、始まりのホムンクルスが意味する所が一番最初にお父様が作ったものだとすれば、エドワードはその対になる立ち位置ではないかと。 ……言葉が足りないな。お父様とホーエンハイムがそっくりだと言う点で、何となくクローンというものではないかと考えていたのです。人造人間然り、どことなく遺伝とか細胞とか倫理とかっぽい気がして。しかもクローンも生殖能力については現実でも議論されている所だし。 そして人間を作るのは何かと考えると、経験じゃないか。いくら同じ構造でも、出会う人、育つ環境が違えば同じ思考はできないだろうと。ああ、別にクローン説は思いついただけですよ。間違っている可能性の方が高いです。そういうのもありかと思って。
前のグリードがお父様に対して「老けた」というようなセリフを言っていたので、老いから逃れるために自分のコピーを作るのは理由としてはまあまあ有り。でもすると、撃たれても大丈夫なのはおかしい。この時点で人間ではないし。逆にホーエンハイムは年を取らないようだし。でもホムンクルスではないんだよね? 構造的にはホムンクルスに近いけれど、金目金髪で姿は違う。大罪の名前もないし。だから手足として使おうと思っていたのではないだろう。んー、でもするとホーエンハイムを血眼になって捜さなかったのはなぜだろう? いや、知っていたからといってお父様サイドにいたかどうかは確定していないわけだし。立場的にお父様が最強っぽいけど、もしかしてもしかしたら違うかもしれないし。
まあそういうことを延々と考えている内に、エドワードは多分特別で微妙な立場に置かれるのではないか(主人公だし)、そのシチュエーションは美味しいよなと。 何だか訳が分からなくなってますね。
この話について戻りますが、中途半端で切ってはいるものの、個人的には大佐は捨てないでしょうと思います。そんなことしたらこのサイトから抹消します。 中尉は仕方ないんですよ。彼女が守ると言った人が大佐かどうかは原作では明確ではないですが、個人的にはロイであろうと考えて書いています。どうすればいいか分からない状況に立たされても、とにかく絶対に失いたくはない。対ラスト戦で一度失いかけているだけに二度目は容赦がない。 弟も同じことは繰り返さない。無鉄砲で少々考えが偏っている兄のストッパーでいるべきだと自覚している。
そういう感じで書きました。
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