「ヴァン、今日ロックベルさんの所に行ってきたの」
 彼女は夕食の後、穏やかに言った。機嫌のいいのは明らかで、けれども何だか嫌な予感がした。
 「子供がね、いるんだって」
 片手を引き寄せられ、今は起伏も見当たらない腹部にそっとあてがわれた。

 「あなたはちゃんと人間よ」
 彼女が慈悲深い女神のように見えた。





 トゥウィンクル ベイビー





 トリシャが妊娠を告げた瞬間、ヴァンの頭は否定でいっぱいになっていた。何度も聞き直した。それでも信じられず、ヴァンは暗闇の中を駆けた。
 少々乱暴に叩いたドアから顔馴染みのサラが迎えた。血相を変えてやって来たヴァンに驚くこともなく、むしろ苦笑してピナコを呼んだ。
 「お母さん、やっぱりいらっしゃったわ」

 「間違いなくトリシャは身篭ってるよ。今の所悪阻も大したことないようだし、順調だから冬には生まれるよ」
 息子か娘かまではまだ分からないけれど。
 そう言いかけたピナコの肩をヴァンが思い切り掴んだ。
 「……本当に、人か?」
 ピナコは一睨みして、キセルでヴァンの手を打った。

 「言っていいことと悪いことがあるよ。今あんたに何て言ったって疑うのは分かってるさ。生まれてみればあんたも納得できるだろう。ほら、トリシャを一人にしとくんじゃないよ。とっととお帰り」
 半ば追い出されるようにして、ヴァンはロックベル家を後にした。
 玄関で待っていたトリシャは、手を腰に当てて呆れていた。どこに向かったのかは知っていたのだ。
 「パパになるのよ。名前も考えてあげなくちゃ」
 ね、とトリシャは母親の顔で笑んだ。



 膨らみが目立つようになってきた腹部がどうしても気になってしまう。あの中にいるのは本当に赤ん坊なのだろうかとヴァンはひたすら不安だった。
 人間の男女がそういう行為をすれば子供を授かることは知っていたし、女性の体内で子供が成長する過程も生物学的には理解していた。しかし自分は何だ。少なくとも人間ではない。だったら生まれてくるものは何なのだ。

 「またそんな顔して。ちゃんと胎動がするようになったの。触ってみて」
 ソファで編み物をしてくつろいでいたトリシャが気付いて、お腹を差し出すようにした。
 それでも絶対に手を出そうとしないヴァンはいつものことなので、トリシャは彼の手を取って強制的に触れさせる。
 確かに規則的な鼓動が感じられる。多分どこの妊婦でもそうだろう。トリシャの妊娠が発覚したすぐ後に、ロックベル家のサラにも子供ができた。この間ちらりとサラを見かけたが、やはりトリシャと同じようなマタニティ用のワンピースになっていた。

 「名前、」
 「……?」
 「名前、そろそろ考えないと生まれちゃうわよ。私が頑張って産むのに、あなたは何もしないってずるくない?」
 トリシャは無邪気に言う。まるで少女のようだった。
 「だからこの子の名前はあなたが決めるの。名前はね、この世に生まれてから一番最初のプレゼントなの。だからものすごく大切なのよ」
 早く決めないとこの子の方が先に生まれてきちゃうわよ。

 ころころと笑って、トリシャはまた編み棒を手に取る。
 「大丈夫よ。元気な子が生まれてくるんだから」
 ヴァンにとってはどこからその自信が湧き出るのかと思うほど、力強く言う。ヴァンはどうしても戸惑った表情を隠せずにいた。



 産声が耳に届いた瞬間、取り上げたピナコの悲鳴が聞こえるんじゃないかと恐怖した。この時までヴァンは人間が生まれてくることを少なからず疑っていた。口にしてしまえばトリシャが怒り出すことが分かっていたからできるだけ黙っていただけで。
 「ホーエンハイム! 入っといで」
 叱るようなピナコの声がして、反射的に慌ててドアノブを捻った。
 室内には血の臭いが満ちていた。けれどもそれは不快を誘うものではなくて。
 汗だくになったトリシャがぐったりとしつつも笑っていて、ピナコが騒がしいものを丁寧に扱っていた。

 恐る恐る覗き込むと、ちゃんと赤ん坊だった。

 見事な金髪が申し訳程度にだが生えていて、四肢の揃った人間だった。
 それが耳に痛いほどの泣き声をあげている。
 ピナコは赤ん坊の身体を一通り拭き清めると、手際よく真っ白なタオルに包んだ。そうしてトリシャと目を合わせたかと思うと、ヴァンに押し付けた。
 「ほら、これがお前の息子だよ。赤ん坊ってのは結構重いだろう。首が据わってないんだから、こう抱えて」

 あたふたしているヴァンを見て、トリシャは満足げに笑む。
 「とうとうこの子が生まれてきちゃったわよ」
 何のことか分からないピナコが首を傾げる。
 「名前を決めるのはヴァンだって言っていたのに、まだ決まっていないの」
 それでものほほんとしているトリシャに、ピナコが呆れる。父親が父親なら母親も母親だ。これくらいでなければ上手くいかないのかもしれないけれど。

 「あなた、名前は決まった? 男の子よ」
 トリシャの声を聞きながら、ヴァンは見入っていた。やっと泣き止んだ赤ん坊がゆっくりと瞳を開く。
 輝くような金の瞳だった。
 誰の遺伝子を受け継いでいるのかは明らかだった。けれど、この子は間違いなく人だ。
 心から溢れるような感情が何かは分からなかった。ほっとしたのかもしれないし、驚いていたのかもしれない。
 ヴァンはささやいた。
 「……エドワード」

 伺うようにトリシャを見る。
 「エドワード、でいいだろうか」
 ヴァンは抱えている赤ん坊をそっとトリシャに渡す。危なっかしい手つきで、傍から見ていたピナコは内心冷や冷やしていた。
 トリシャは頷いて、産み落としたばかりの腕の中の命をに呼びかける。
 「エドワード。あなたの名前はエドワードよ。私達のところに生まれてきてくれてありがとう」
 頬をくすぐると、エドワードはむずがった。



 「よっぽど心配だったのね」
 満身創痍な産後の女性には休息が必要だとピナコが言い、ヴァンが部屋を出て行った後、トリシャが呟いた。
 側らにはすやすやと眠るエドワードがいる。どこから見ても、脆弱な赤ん坊でしかない。
 「ヴァンったら、人じゃないものが生まれてくるんじゃないかって本気で怖がっていたのよ。口には出さなかったけど、お腹を触らせるたびにびくびくしてたもの」

 器具や後産の片付けをしながら、ピナコが肩をすくめた。
 「あたしだってちょっとは怖かったさ。ホーエンハイムと添い遂げてくれたのがトリシャでよかったよ」
 ふふ、花がほころぶような表情をする。
 「私、あの人にはもっと幸せでいて欲しいの。家族とか子供とか、普通の人が手に入れられる分くらいは楽しく過ごして欲しい」

 傍らに眠る幼子を眺めた。
 「この子は私とヴァンにもっともっといろんなことを教えてくれる。私とヴァンもこの子にたくさんのものを与えてあげたい」
 トリシャはそう言うと眠たげに目を細める。
 「大仕事で疲れたろ。ゆっくり休むんだよ」
 その声に、トリシャはそっと目を閉じた。





END.

 トゥウィンクルはtwinkleで、星とかのきらきらした感じ「光る」という意味です。
 サイト内に英語がないのでお分かりかもしれませんが、私は英語どころかアルファベットをほぼ読めません。……文法とか造語も全くデタラメです。
 単語を日本語のように適当にくっつけてしまいます。ご注意ください。
 今のエドワードだったら太陽の輝くという意味の「シャイン」が合いますが、ちっちゃいのできらきらでいいだろうと、英和辞書で「光る」とか「輝く」の項を調べながら決めました。

 話の話。
 本当はエドワードが小さい頃のことも突っ込もうと考えていたのですが、思いの他長くなり、後日書いてみたいと思います。
 ……何かパパママしか出てこなくてつまらなかったかも。ごめんなさい。勢いってすごいね。後二、三日したら絶対形にならない。

 ところで名前って誰が付けたんでしょうね。田舎だし、祖父母がいれば祖父母が決めたりするんだろうけど。大体どっから名前決めたのか書いてないし。
 ちょっといい加減っぽい命名にはネタがあって。

 ある所に「○○って付けてくるよー」と役場に書類か何かを持っていった新米父がいました。ところが帰ってくると母子手帳(今はこういう名称じゃなくなったんでしたよね。確か)には違う名前が。「ちょっと、□□って書いてあるんだけど」と同じく新米母。父は「あは」と一言。
 「やっぱり□□にしちゃった」
 母には寝耳に水。後から聞いた話によると、命名候補の中には□□なんて名前はありませんでした。つまり役場に行った父が自分で勝手に付けちゃいましたとさ。

 ということでした。私の姉の話なんですけどね。せっかく一緒に考えたのに何てことをしとんのじゃあ! 
と呆れました。が、やっても不思議じゃない父ですよ。
 ちなみにその妹の命名時には「どうせだから同じ画数にしよう」と決めました。その結果、姓名判断がものすごく悪くて姉妹共に「女性に付けるには強すぎる」という名前になりました。とか何とか。
 名前って本当にしっかり考えて欲しいものです。