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家の中から大泣きする声がして、トリシャは干そうと腕にかけていた洗濯物をカゴに戻した。子供は泣くのが仕事のようなものだから、慌てることはなかった。ただ、中にはもう一人いるはずなのにあやしている様子もない。 「全く、あの人ったら」 トリシャはパタパタと床を鳴らして寝室へ向かった。
ライト チャイルド
来てみれば、開け放たれたドアからびんびんと泣き声がしていた。呆れながらも覗けば、ベビーサークルの側らでおたおたしているヴァンがいる。 あやすためには抱き上げなければいけない。意を決して手を伸ばすが、やはり戸惑って触りはできない。 「ヴァン! あなたの息子よ。どうして抱いてあげないの」 このまま泣かせっぱなしにしておくわけにもいかないので、トリシャはエドワードを抱き上げた。ゆするようにして、背中を軽く叩きながらさすってやる。
しばらくすればエドワードはすっかり泣き止んだ。 「目が覚めたから泣いただけよ。こうやって抱いてあげれば安心してすぐに泣き止むわ。私は残りの洗濯物を干してこなくちゃいけないから、あなたは抱いてて」 そうだ、朝食も用意しなくちゃ。 そう言いかけたトリシャから逃げるように、ヴァンは後ずさった。 「洗濯物は俺がやる」 それだけ言うと、さっさと外へ出て行ってしまう。エドワードが生まれた時のように押し付けてしまおうかとも考えていたトリシャはタイミングを逃してしまった。
「もう」 今度は空腹を訴えるために泣き出しそうなエドワードをあやしながら、トリシャはキッチンへ向かった。
生まれてきたのは人だったが、ヴァンの心配は止まることを知らなかった。 自分を感染病者か何かのようにエドワードを遠ざけ、その肌に触れることを殊更に怖がった。 エドワードはそれほど人見知りをすることもなく、好奇心も旺盛だったので、時にはヴァンに手を伸ばすこともあった。はいはいをし出すようになるとヴァンの方がエドワードから逃げて回るようになった。 と言っても、エドワードを嫌っているわけではない。トリシャが抱いていれば興味深げに覗いてくるし、庭の芝の上を這い回っていれば片時も目を放さない。
トリシャは、ヴァンが何度か手を伸ばしている所も見かけた。大抵はエドワードが眠っている時で、あちらから急に接触してくることがない場合。ぱちりと目を開ければ、ヴァンはすぐに退室してしまう。 「本当に、困った人」 トリシャは一人呟いた。
先ほどまで庭を一人這い回っていたエドワードが突然泣き出した。トリシャはと考えて、ロックベル家へ行っていることを思い出す。ヴァンは最低限の言いつけ通り、窓辺に腰掛けて一人で遊んでいたエドワードを見ていたのだ。 母親を探してならば厄介だと思いつつも、その盛大な泣き方がいつもと違うような気がした。ヴァンは慌てて窓枠に足をかけて、そこから庭へ降りてエドワードに駆け寄った。
「お、おい。……エドワード?」 普段ならばヴァンが近付けば面白いものを見つけたように見上げてくるのに、ちっとも構わない。 少しくらい転んでも、エドワードはそれほど泣かない。触れることはやはり躊躇われて、ぐるりと見回した。 掌に血が滲んでいた。おそらく長めの芝を引っこ抜こうとして切ったのだろう。草は思っているよりもよく切れる。 血はすぐに止まるだろうが、傷口は洗った方がいい。びっくりしただけだから抱いてあやしてやった方がいい。
分かってはいるけれども、怖かった。 トリシャは何事もないと言ったけれども、エドワードはヴァンの血を継いでいる。ということは自分に近い存在ではないのか? だったら何か起こってしまう可能性がないとは言い切れない。 そうこう悩んでいる間もエドワードは泣き続けている。仕方なく、しゃがみこんでみる。 「ほら、泣くな。大丈夫だから」 泣きやむ気配はない。
ふとはためく洗濯物の中に実験用の手袋を見つけ、ヴァンは立ち上がった。 「……直じゃないからな」 そう自分に言い聞かせて、白い手袋をはめた。 エドワードの前にそっと膝を付き、手を取る。血は固まりかけている。すっかり乾いてしまうと今度は洗い流すのに苦労する。 ヴァンは息を詰めるようにして、エドワードを抱え上げた。
汲んだ水に手を入れさせ、優しく擦って血を落としていく。痛むのか、エドワードはさらに大きな声を上げて逃げ出そうとした。 「暴れないでくれ。もうちょっとで済むから」 最後にまた新しい水で洗い流し、すっと切れた傷口があらわになった。傷は治ることもなく、そこにあるだけ。洗ったら傷口が閉じていたらどうしようという心配は杞憂だった。
この子は本当に人間なんだ。
ヴァンは濡れてしまった手袋を剥ぐようにして外すと、戸棚から救急セットを取り出した。急いで書斎のクローゼットから新しい手袋を持ってきて、消毒した後に小さな手に傷テープを貼った。 一通り済んだ時にはエドワードはぐずってはいるものの、泣き止んでいた。痛みも引いたのだろう。 そうなればエドワードの興味はヴァンに向く。伸ばされた手にぎくりとした所に、助けが入った。
「ただいまー」 二人が一緒にいる所が珍しくて、トリシャは首を傾げた。 「これジョージさんからいただいたの、ジャガイモはユーリが余ってるから持って行けって」 さほど重くはないだろうが、一抱えあるカゴの中身をテーブルに置く。それを見ていたエドワードが、再び泣き出す。 「どうしたの? エド。って、あら」 トリシャは手当てされていることに気が付いた。小さな怪我だ。
「……多分芝で切ったんだと思う。ピナコのとこに、」 「消毒したなら大丈夫よ。私だって包丁で指を切ったくらいじゃ診せになんか行かないもの」 パパが手当てしてくれたんだから、もう痛くないでしょう? びっくりしただけよね。エド偉い偉い。 トリシャが頭を撫でれば、エドワードはすぐに泣き止む。元々痛みで泣いたのではなく、トリシャを見て安心したから泣いただけだ。
「あなた、ありがとう」
トリシャはそれ以外の言葉は言わなかった。 庭で遊んでいたはずのエドワードが家の中にいるということは、ヴァンが抱いて運んだのだろうということも、不自然に手袋をはめていることも。そんなことには触れずに、ただ「ありがとう」と感謝の言葉と笑顔だけ。 ヴァンは歯切れ悪くも「ああ、」と頷いた。
END.
ベビーサークルって和製英語だったんですね。 赤ちゃんが出ないようにする囲いのことです。ベビーベッドとどう違うんだろう。ベッドの方は広辞苑になく、時間もかけられないので調べることを放棄しました。すみません。
話の話。 怪我したのに一瞬で治っちゃったら怖いよね。と思ったのが発端。ホムンクルスの再生の仕方がちょと怖かったので。おそらくホーエンハイムも似たようなものだし。 だから普通に怪我して普通に治っていくということが分かったら、親父も少しは軟化するかと。そうそう上手くはいきませんが。
途中、母さんがロックベル家へ行っていたのは検診かと思いましたが(アルが年子だから)、時期を計算するのが苦手で明らかな間違いになるのが嫌なので触れませんでした。 いつの時代も母は強し。親父(何となく父さんとかパパと言えない)はあたふたしてるくらいがいい。と個人的趣味を押し付けました。
引き続き嘘予告になるかも ・エドワードが「全部あんたのせいだ」と親父に反抗期 ・合同演習 姉・鋼の 「はじめましてじゃないだろう」 ウィンリィとか大佐も書きたいんですけど……。 |