僕らは昼間からこうして座っている。
 一つだけある窓は少しだけ開いていて、のぞいた空にはもう星が出ている。段々薄暗くなっていくのに電気もつけず、ぎゅうっと手を握り締めたまま、互いに寄りかかるようにして動かなかった。

 僕の隣には、宵風がいる。





 枯れる夕暮れささやく夜空





 「……僕、君が好きだ」
 一瞬、宵風の身体がこわばって、手を離そうとしたけれど、俺はそれを許さない。
 「好きなんだ。でも、こういう気持ちを何ていうのか知らないんだ。愛とか恋とかとは違う気がする」
 横を向けば、宵風は首を傾げた。
 「俺、いろんなことが分からないんだ。どこにいていいのか分からない。どこに行けばいいのか分からない。いつも足りない


 心もとなくて、誰かにそばにいて欲しいのに口にはできない。

 「……じゃあここにいればいい。自由を得られなくても、これ以上何も失わずにすむ」
 刻一刻と宵風の感覚は失われていくのに、そんなことを言う。
 「壬晴が足りないと思う分を、僕は埋めてあげられる?」
 「……宵風じゃなきゃ、駄目だと思う」

 寄りかかって、手を握り締めたまま、僕らは今日も眠りに落ちる。
 目が覚めた時、いいようのない不安が押し寄せて、それをそのまま宵風にぶつけてしまう。
 「…………っ」
 宵風の背にしがみついて、この感情が落ち着くまで待つ。治まるまで、待つ。
 「壬晴、どうしたの?」
 「……っく」

 宵風は壬晴を抱き込んで、しばらくそのままにしていた。

 「大丈夫? 落ち着いた?」
 「うん、だいじょうぶ」
 昔のことを思い出せそう。母さんもよくああしてあやしてくれた。それを彼に見るのはどうかと思うけれど。

 体に巻きつけていたシーツを脱ぎ散らかし、窓の外をのぞいてみた。鉄格子の向こうに景色が見える。どこかの山間部みたいだ。
 ここからは山しか見えない……。
 「おい、朝飯くらいちゃんと食え」
 世界を壊すような声がした。扉が開いて、人が入ってくる。部屋に置かれている小さなテーブルを拭いて、パンにスープにサラダを並べていく。最後に椅子を向かい合わせるように並べると、テーブルの上に花瓶を置いて僕らに座れと命じた。
 僕らはずるずるとシーツを引きずって、テーブルに着いた。扉は再び閉められ、鍵がかけられる音が響いた。

 「……お腹空いてない」
 「……僕も」
 「宵風は食べるの」
 「じゃあ壬晴も食べるんだ」
 僕らはちびちびパンをちぎりながら口に運んだ。

 「あ」
 開けた窓から、格子をぬって小鳥が入ってきた。パンが目当てなのだろう、壬晴は手にしていたパンを小さく砕いていく。小鳥はつついた。
 「壬晴、僕のパンもあげる」
 「ありがと」
 そう言っても、パンが壬晴の口に入るわけではなかった。けれども、それで二人は満足だった。

 具の多いスープも一杯だけ。サラダは少しだけ食べた。それでお腹が一杯だった。
 椅子から下り、やっぱり背を壁につけ、互いにそっと手を握った。
 「壬晴、」
 「何?」
 「僕という壬晴と、俺という壬晴がいるって気付いてる?」
 「うーん、どっちも同じじゃない?」
 「どっちも壬晴?」
 「宵風だって宵風じゃない」

 食後の眠気に、どちらからともなく日向に足を向けて寝そべった。
 「どうしてはっきりさせなきゃいけないんだろう」
 「いろんなことをね」
 うつらうつらしだし、おぼつかない考えを滔々と告げる。
 「僕らは決めずに生きたいね」
 「ああ」

 繋がりを絶つのが怖いように、軽く握った手は離さない。常に触れている。
 「僕もさ、君のことが好きかもしれない」
 「ふーん」
 「いつも隣にいて欲しいんだ。一人きりは不安だし、寂しいから。あんまり束縛したくはないけれどね」
 「いいよ、宵風。何かで縛っておこう。離れないように」
 僕は起き上がって、辺りを見回す。シーツを歯で裂いた。細長い紐のようになったそれを互いの手首に巻き付けた。

 「壬晴」

 仰向けに寝転んでいた宵風がささやいた。
 「置いていかないでね」
 僕は心外だと苦笑して、宵風の腕をきつく抱いた。
 「一人にしないでね」

 「置いていかないで」
 「一人にしないで」
 「置いていかないで」
 「一人にしないで」

 約束だとも言えず、分かったとも答えられなかった。
 「置いていかないで」
 「一人にしないで」
 ただ強く手を握り締めることしかできない。
 そしてまた、夕暮れが枯れていく。





END.
08.05.26