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邸宅はあの部屋を中心にほぼ半壊。周りに民家がなかったとはいえ、その振動は街にまで伝わった。当初は地震と思われたが、この地域での発生は確認されなかった。結局、邸宅の一部崩壊は地盤沈下によるものだろうとの安易な理由に落ち着いたらしい。
らしい、というのは自分はここ数日間昏睡状態だったから。 オレとエッカルト夫人はあの瓦礫の中から発見されたとアルフォンスから聞いた。 アルフォンス自体は崩れた壁の破片で擦り傷や打撲ができた程度で、錬成紛いのアレには巻き込まれずに済んだ。 ただ、アルフォンスの両親の日記とオレの解読書だけが、いくら探しても見つからなかった。
シャンバラを征く者 空
キィと扉が開く音がして、エドワードはゆっくりと覚醒した。 瓦礫に埋もれていただけあって全身が痛いし、頭から腕から包帯だらけで酷い有様だ。しかも義肢は壊れてしまったために、片腕片足なしの入院生活。 それでも、あの惨状で助かったのは奇跡だとよく言われる。 「ごめん、起こした?」 すまなそうな顔をしたアルフォンスの後ろからはマスタングが入ってくる。緩く首を振って、否定する。
エドワードの視線に気付いたマスタングが苦笑する。 「眼帯姿はまだ見慣れないか? 少し酷くやってしまったようでね。後一、二週間ほどこの状態らしい」 「似合わねー」 エドワードがもぞもぞと上体を起こし、アルフォンスが慌てて枕を支えに押し入れた。 「エドは? 大丈夫……じゃなさそうだけど」 満身創痍な状態に、アルフォンスは言葉を濁した。 「大丈夫大丈夫。義肢は壊れただけだし、頭も腕も縫っただけ。こんくらいすぐ治るって。昔は腹刺されて入院してたこともあるし」 ははははと笑い飛ばせば、マスタングとアルフォンスは固まっていた。
「しかし、この分では学業復帰は当分先だな」 「とりあえず大学に戻れるんだから平気だよ」 退学の予定だったんだから、とは言えない。 要となる日記が失われたこと、研究員達がホーエンハイムの説得によりその職を辞したことから、エッカルトの野望は果てた。つまり、この街を出て行く必要はなくなったのだ。 昨日まではエッカルトもこの病院に入院していた。今日からはお抱えの医者を頼り、自宅療養ということらしい。エドワードが庇ったためか、彼女は肉体的な怪我はほとんどなかったのだ。ただ、一言も口を利かないという。 それが単に精神的ショックのためなのか、錬成紛いのせいなのかは直接夫人に会っていないエドワードには分からない。
昨夜夢うつつに、あれだけいた研究員をどうやって説得できたのかとホーエンハイムに尋ねた。 ホーエンハイムは一瞬きょとんとし、そして慈悲深く微笑んだ。 ――罪人の証を見せた。 エドワードはその言葉に小さく謝った。所在なげに見上げると、ホーエンハイムは優しく頭を撫でた。 香水の香りが一段と鼻に付いた。
ふと外を見ると、空が赤く染まりつつあった。 「……に、」 「ん?」 サイドデスクに見舞いに持ってきた本を置いていたアルフォンスが呟きに気付いて聞き返した。 「屋上に、行きたい」 「でも、」 「いいじゃないか。ばれなきゃ大丈夫だろう」 ずっとベッドの上だったから飽きたのだろう、とマスタングが言う。
「屋上までは階段があるから、ボクが背負う?」 「君はまだ肩の打撲が治ってないだろう。少しは大人に花を持たせてくれ」 そう言うマスタングの背に、エドワードが片手でしがみ付いた。手足が欠けていることが目立たないようにと、アルフォンスがケットを掛けた。 「サンキュ」 「エドが何かしたいって言うの珍しいもんね」
屋上には誰もいなかった。幸い積もった雪は端にかき寄せられていた。冷たい風に身を縮まらせながら、エドワードは夕日を見つめていた。 屋上に着くなりホークアイが追いかけてきて怒鳴った。 「マスタング助教授、まだ抜糸も済んでいないのに何をやっているんですか! 学会には欠席しないのですから、論文を仕上げていただかなくては困ります。ああ、エドワード君とアルフォンス君も一緒だったのね。もう寒いのだから早めに戻るのよ」 そのままマスタングは下階に引っ張っていかれた。
しばらく沈黙が満たし、アルフォンスは腰掛けていたエドワードの隣に座るとぽつりと尋ねた。 「ねぇ、エド。あの時、何であんなことを言ったの? どうして、君はあんなに魔術に詳しいの?」 初めてだった。アルフォンスが面と向かってこんなことを聞くのは。 多分シャンバラについて喋ったことを言っているのだろうとエドワードはため息をついた。 あの時はアルフォンスがいることも忘れて、エッカルトを止めようと考えもなしに口走ってしまった。
「……突拍子もなくて、狂ってるんじゃないかって思うかもしれないけど、……話、聞いてくれるか?」 アルフォンスは頷いた。
エドワードは全て話した。 あちらの世界のことも、マスタング助教授やホークアイ講師、アルフォンスが誰に酷似しているのかも、自分がどうやって生きてきたのかも。 アルフォンスは時折相槌を打つ以外は黙っていた。ぽつりぽつりとエドワードが呟く夢物語みたいな話にじっと聞き入っていた。
「……義母を連れ戻すために、君は一番辛い決断をしてくれたんだね」 「信じるのかよ。こんな話……」 エドワードは俯いた。握っていた左手が白く色を失っている。 「エドはエドだよ。例え元々こちらにいたエドワード君と中身が違うって言ったって、ボクが出会って、同じ時間を共有したのは君なんだから」 力が入りすぎて、左手が震えた。 「だから……何を言っても、ボクは非難しないよ」 ぐっと肩を掴まれ、抱き込まれた。その衝撃で溜まっていた涙が零れた。
「ほんとは、」 エドワードは反射的に目の前のシャツにしがみ付いた。聞き取れないくらい、声が震えていた。 「ほんとは、すごくかえりたかったんだ」 「うん、」 「でも、何か違うと思ったんだ。アルフォンス達を夢幻にはできない」 「うん、」 「この世界も、大好きだから……だから、」 後悔はしてない。 今もう一度選択を迫られたとしても、きっと同じ結果にしかならない。
アルフォンスはゆっくりと背を撫でて、落ち着かせようとしてくれるのに、嗚咽が止まらなかった。 小さい子のようにみっともなく泣いた。後悔もしていない。納得もしている。だからこそ思い切り泣けた。
少しだけ落ち着いた後、泣き腫らした目で空を見上げた。 夕日を背に、アルフォンスが微笑む。
「この世界に帰ってきてくれて、ありがとう」 ――おかえりなさい。
夕焼けの空は、いつか見た空。
END. 後日談 ここまでお読みくださり、ありがとうございました。 |